217 名前: ショボーンビッチの夏は思い出の中にあるようです 投稿日: 2008/05/09(金) 01:14:58.68 ID:WhbRRS63O
ショボーンビッチは幼少の頃一度だけ、故郷のシベリアから出て外の街へと訪れた事があった。
その時滞在したヴィップという名の街はシベリアからは案外近い所にあると、父が言った事をショボーンビッチは確かに覚えている。
とは言え故郷を出たのはその一度だけなのだから、ショボーンビッチにとっては人生の中で一番の遠出なのは違いないのだろう。
そもそも最果ての駅、シベリア駅の前を通りすがることはあっても、そのホームに立ったのも初めての経験だった。
ヴィップはショボーンビッチの父の故郷だった。
父の手に繋がれて歩いたヴィップの街は、ひたすらに暑かった。そして、やけに多い、人、人、人。
(´・ω・`)「今は夏だからね」
肌を焼くような熱に額に汗を浮かべ、父は微笑んでいた。
極寒のシベリアにも、夏はある。
しかし、ああ、これが夏なのかと、幼少のみぎり特有の全てが真新しい物に感じる感覚には、今まで見知っていた夏とは全く別の物に感じられた。
218 名前: ショボーンビッチの夏は思い出の中にあるようです 投稿日: 2008/05/09(金) 01:16:23.17 ID:WhbRRS63O
ヴィップへ訪れた理由は、ショボンの父、つまりショボーンビッチの祖父の葬儀のためだった。
しかし、ショボーンビッチには会った経験どころか、顔も知らぬ人物。正直、まだそこいらの有名人の訃報の方がよっぽど馴染みがあるという物だ。
幼いショボーンビッチにとっては、ただ初めての遠出への興奮の方が大きかった。
ショボーンビッチの父の実家は、木造の古めかしい、とても大きな家だった。
シベリアの一般的な家と比べて、と言う訳でもなく周りに建っていた家と比べても、一回りも二回りも大きい家だった。
家の前に立った時、ショボーンビッチは父の表情がどこか沈んだ顔をしている事に気がついた。
(`・ω・´)「ショボン………か?」
不意にかけられた言葉に、一瞬だけ父の表情から驚いた物へと変わり、しかしすぐに元の暗い顔へと戻ってしまった。
(´・ω・`)「お久し振りです。兄さん」
(`・ω・´)「………ああ」
(´・ω・`)「こっちは私の息子です。ショボーンビッチ、挨拶をしなさい」
こっち、と彼の前に突き出され、どうも初めまして、とショボーンビッチは適当な挨拶をした。
220 名前: ショボーンビッチの夏は思い出の中にあるようです 投稿日: 2008/05/09(金) 01:21:36.65 ID:WhbRRS63O
(`・ω・´)「そうか」
父の兄だという男は、いかにも興味がない、と言った風にショボーンビッチの方を一度だけ見やると、すぐに父の方へと向き直った。
(`・ω・´)「今日はどうするんだ?」
(´・ω・`)「父に線香をあげて、挨拶をしたらすぐに帰ろうと思います。
既に私はこの家の人間ではありませんから」
(`・ω・´)「そうか」
父の言葉はどこか素っ気無く、それへの返答もまた、先程と似たようなものだった。
(´・ω・`)「あの家が窮屈に思えてね。家出同然に飛び出したんだ」
その夜、小さなホテルの一室で、父は子に静かに語り出した。
(´・ω・`)「今思えばただの逃げだったんだろう。でも幸か不幸か逃げ込んだ先でも一人で生きて行く力が僕にはあった。
何より心地よかったんだ。あの家に居るよりはね」
父は笑う。
正直な話、幼いショボーンビッチには、半分も意味を理解する事は出来なかった。
それでもショボーンビッチは真剣な面立ちで、静かに父の話に聞き入っていた。
父は、部屋の備え付けの灰皿を取り出し、その上に自分の財布に入っていたカード類を適当に放り投げた。
222 名前: ショボーンビッチの夏は思い出の中にあるようです 投稿日: 2008/05/09(金) 01:22:56.49 ID:WhbRRS63O
それは何か、と問うと実家の近くのレンタルビデオ屋の会員証だとか、同じく実家の近くの本屋の割引券だとか、昔ヴィップに住んでいた時に必要としていたものだという。
ショボンは鈍い銀色を放つライターを取り出し、それらに一枚一枚、火を着けていった。
つい先程購入したそのライターは、真鍮で出来た、ナントカというメーカーの、ちょっと良い品らしかった。
(´・ω・`)「自分で逃げ出した癖に、どこかでもう一度逃げ帰れると考えていたんだろう。
でも、やっぱりあそこは僕の居場所じゃない」
父親は、揺らめく火を眺めて、もう一度静かに笑った。
(´・ω・`)「明日、シベリアへ帰ろう」
何故かは解らないが、ショボーンビッチにとって短い夏の旅が、死んだ父との一番心に残る思い出だった。
父の何度目かの命日に、ショボーンビッチはヴィップ行きの切符を手にシベリア駅のホームに立った。
彼は、腹の辺りで古ぼけたライターに火を灯すと、静かに上から覗き込んだ。
揺らめく火から立ち上ぼる熱は、どこか思い出の中の夏の日差しに似ている気がした。
一分程そのままじっとした後、ショボーンビッチはライターの火を消すと、静かに元来た道を歩き始めた。
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