968 名前: 1/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:37:34.23 ID:TAwTkxG9O

この学校でも“七不思議”と言われる怪談が、生徒達の間で語られています。
段数の増える階段、トイレの花子さん、手を組み替えるモナリザの絵、
歩く二宮金次郎像、開かずの倉庫、夜に目が光るベートーベンの絵、校長室の鏡…
さらには消える理科室の人体模型、深夜体育館でバスケットボールをつく音、
創立記念碑の下に埋められた死体、捻れるグランドピアノ、生徒と教師の禁断プレイ等々、
その数からもわかるようにどれもこれも使い古された他愛もないおとぎ話です。

しかし、私にとっては由々しき事態です。

川д川 私の話が無い…酷い…

そうなのです。
校舎の裏にある、鉄の蓋で閉じられた井戸に憑く私の話が無いのです。



969 名前:
2/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:38:49.65 ID:TAwTkxG9O

川д川 私を忘れるなんて呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪って呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪…

川д川 …

川д川 ムナシイ…


私も一昔前は人気者でした。
それこそ道行く人が白目を向いて死んでしまうほどお化け界に燦然と輝き、
“古井戸の貞子”の二つ名で一世を風靡したのです。
しかし今では最早あの“呪いのビデオ”にすら反応する人はいません。
私はこのまま、井戸の底で一人ぼっちなのでしょうか。
肝試しに来る生徒も、最近はめっきり減ってしまいました。

('A`)ノシ なんだ、あんたまた外出てんのか。昼間からご苦労なこったな

川д川 えぇ…暇ですので少しだけ…

ここ数年でまともに会話をしたのは彼だけ。
週に一度、校舎裏の草刈りをしに来る若い用務員、ドクオさんです。



970 名前:
3/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:40:00.17 ID:TAwTkxG9O

川д川 あの、ドクオさんは学校の七不思議ってご存知ですか…?

('A`) あー、どこにでもあるよなー。あれ考えた奴は天才だよなー

川д川 そうですよね…鈴木光司様ほどではありませんけどね…

('A`) 学校って言う身近な場所に闇がひそんでるから面白いっつーか、怖いんだよな

川д川 そうですよね…“リング”ほど怖くはありませんけどね…

('A`) 後は藁人形とか日本人形とかって身近な所にある呪われた小物とかも中々怖いな

川д川 そうですよね…呪いのビデオほどではありませんけどね…

('A` ) あ、ごめん、ハサミ取ってー

川д川 この袋の中ですね…ちょっと待ってくださいね…

最近は他愛の無い話をしながら、校舎裏の整備を手伝っています。
長らく忘れていたそんな穏やかで暖かな時間は、楽しいような恥ずかしいような、
動くはずの無い心臓が跳ねるような心地よさで溢れていました。
しかし、そんな安らかな時間ももうすぐ終わってしまいます。



971 名前:
4/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:41:03.52 ID:TAwTkxG9O

('A`) 転勤することになったみたいでなー、俺みたいなウンコ雇いたい物好きがいるんだとさ

川д川 そうですか…どちらに?

('A`) VIP高だとさマンドクセ

川д川 隣町の名門高ですね…

('A`) 俺なんかと違って目標持って生きてる優秀な奴らが通ってるらしいぜ。
   眩しすぎて死にたくなるかもわからんね

彼は来年度から隣町にある私立校に勤務することになってしまいました。
彼は成り行きでこの職業に就き、
特にやりたいことも無いため仕方なく仕事を続けているとは言うものの、
用務員、技能技師としての能力は高く評価されており、
豊富な財力で人事にさえ影響力を持つと言われるVIP高校に引き抜かれたのでしょう。

川д川 そうですか…では、今月でお別れですね…

私にはどうにも出来ない事であり、私ごときが口を出すべき問題でないことは分かってます。
私は所詮幽霊であり、彼は生身の人間でなのですから。



973 名前:
5/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:42:14.53 ID:TAwTkxG9O
川д川 人事担当なんか呪ってやる呪ってやる呪って呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪…

川д川 ムナシイ…ウッ…

その夜、私は彼を思って泣きました。
そのせいで井戸から水が溢れてしまいましたが、
忘れ去られた井戸の事や、そこに憑く私のことを気にする人などいるはずもありません。
彼以外は、気付くこともないでしょう。
しかし泣いてばかりもいられません。
この瞬間にも別れの時は刻一刻と迫って来ているのです。

川д川 私のこと…忘れないで…

私は別れに際し、彼へプレゼントを贈ることにしました。
そうすれば、ほんの僅かにでも私のことを覚えていてもらえるのではないかと、
ほんの僅かにでも彼の中に残しておいてもらえるのではないかと思ったのです。

川д川 ドクオさんの好きなもの…何だったかな…

私は彼との思い出を紐解きながら、考えました。



975 名前:
6/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:43:25.64 ID:TAwTkxG9O

彼は独り暮らしをしており、友人が皆都会に出ていってしまったため、
休みの日は殆んど自宅で過ごしていると聞いたことがあります。
数少ない趣味は映画とテレビアニメの鑑賞で、
平日に録画した物を土日にまとめて見るのが唯一の楽しみだそうです。

川д川 アニメ…何か買ってこよう…。喜んでくれるはず…

勿論VHSテープのものです。
いくら時代遅れと言われようとも、私の象徴とも言える物でなければならないのですから。

川д川 お金あんまり無いけど…ドクオさんのためなら…

早速私はビデオショップへと向かいました。



978 名前:
7/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:44:22.21 ID:TAwTkxG9O

川; д川 あああ…どうしよう…

初めて足を踏み入れたビデオショップは、私にとって想像を絶する世界でした。
所狭しと壁一面に敷き詰められた膨大な量のビデオ、真昼の様に明るい店内、
鼓膜を破らんばかりになり響く音楽、そこにある全てに気圧されてしまいました。
ドクオさんのためと気を張っていなかったなら、もう私は倒れてしまっていたでしょう。

川д川 アニメ…アニメ…

  _  ∩
( ゚∀゚)彡 らっしゃいませー何かお探しっすかー?
  ⊂彡

川д川 アニメのビデオを…大切な方に贈ろうと思って…

  _  ∩
(;゚∀゚)彡 (隠れキョヌーっ娘なのに…この目は恋をしてる目!残念!)
  ⊂彡
  _
( ゚∀゚) これなんかいかがでしょ? 名作ですし、お安くなっとりますよー

川д川 あ…はい…ありがとうございます…これにします…

いやらしい目をした親切な店員さんにすすめられたビデオは、
爽やかで綺麗な絵が描いてありました。
きっとドクオさんも喜んでくれるはずです。
逸る気持ちをおさえつつ、私は少し早足で帰りました。



980 名前:
8/11 [] 投稿日: 2008/03/26(水) 00:46:31.80 ID:TAwTkxG9O

そして別れの日はやってきました。
この日が来ないでほしかったのか、喜ぶ彼を一日も早く見たかったのか、
私にはわかりません。

川д川 あの…ここへ来られるのは今日が最後なんですよね…

('A`) んー、そーだな、確か今日で終わり

川* д川 あの、これ、差し上げます…。今までお世話になりましたので…

('A`) 何これ? ビデオ?

川* д川 はい…アニメがお好きとうかがいましたので…家でご覧になってください…

('A`) フーン、あんがと

ただ、無いはずの体温を頬に感じ、
恥ずかしさと嬉しさと寂しさが入り交じったこの瞬間が永遠に続いてほしいと願いながら、
私は彼と向かい合いました。
しかし彼はやはりいつも通りに木の手入れを始め、やはりいつも通りに私に声をかけます。

('A`) ハサミ取ってー

私はそれが嬉しくて、悲しくて、駆け寄りたくて、逃げ出したくて。
黙って井戸の底へと帰りました。



982 名前:
9/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:48:07.85 ID:TAwTkxG9O

私は井戸の影から彼を見送り、見えなくなった背中に小さな声で別れを告げました。
これまで何度経験したかは既に忘れてしまいましたが、今までで一番悲しい別れでした。
彼はきっと私を忘れてしまうでしょう。
贈り物など私自身への慰めにすぎません。
私にとって特別なものでも、彼にとってはただのビデオテープなのですから。
そして彼は私にとって特別な人でも、私は彼にとってはただの話し相手なのですから。
きっと私はずっと一人ぼっちで、暗く冷たい井戸の底で眠るのでしょう。
素敵な思い出と囁き合いながら、私の存在がすり減って消えて無くなるまで。



983 名前:
10/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:48:51.31 ID:TAwTkxG9O

('A`) どれ、何のビデオかねー…って、ラベル全部剥がされてるし…

('A`) 見てのお楽しみ、か

ガチャッ ウィィィーン…

('A`) お、ジブリ…

カントリーロー……

(゚A゚) ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!

ヤナヤツヤナヤツヤナヤツ!ヤナヤツヤナヤツヤナヤツ!

(ヽ'A゚) ギギ…グ……ゲフゥ………



987 名前:
11/11 投稿日: 2008/03/26(水) 00:51:21.26 ID:TAwTkxG9O

ドクオさん、あなたとお別れしてからどれほど月日が流れたでしょう。
私は一つだけ嬉しいことがありました。
私の噂が、また学校の七不思議として流れ始めたのです。
校舎裏の古井戸に憑いた怨霊が、たまたま通りかかった用務員にとり憑き、
呪いのビデオを渡して呪い殺したのだそうですよ。
噂が本当なら、私の渡したビデオは呪われていて、ドクオさんは死んでしまってるんですね。
そのおかげか、肝試しに時たま現れる生徒によって、校舎裏はにわかに活気づきました。
新しく赴任した用務員は校舎裏の手入れなどしてはくれませんが、
生徒たちが私のことを覚えていてくれるだけで私はもう十分です。
私の存在に気付かなくとも、存在したことを知っていてさえくれれば十分です。
もう、誰かと別れることを我慢出来そうにはありませんから。
もし私に誰かを呪う力があるのなら、私は迷わずドクオさんを呪います。
それはつまり、ドクオさんの中に私が確かな形で存在出来ていると言うことなのですから。

願わくは、もう一度、一目だけでもあなたとあえる勇気を私に…。



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