490 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:11:48.87 ID:W81F/CzZO

――二十四年間。

人生のうちの約三分の一。
長い長いと愚痴を言っていても、気付けば全てが費えていた。

それはまるで車窓越しに街並を眺めるのに似ている。
そこにあるのはいつも同じような景色で、でも、いつも少しだけ違っていた。

変化を見いだそうと、変化をさせようとすればいくらだってできたのに、
結局俺は、何もすることができなかった。
電車を乗り換えることもなく、ただただそれを無駄に浪費し続けてきた。



491 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:14:29.99 ID:W81F/CzZO

それが如何程の価値をもつかなど、考えたはずもない。

まだ間に合う、などと明確なゴールなどないくせにそう自分に言い聞かせ、
逃避のように、薄らぼんやりした理想を追い求めた。
その結果が、これだった。

あんたはものぐさでバカだから、誰かが制御しなきゃなんないの。

かつて、上京していた俺のところまでわざわざやってきた故郷の幼なじみが、
そう言って伸ばしてくれた手を、無いも同然なプライドに拘って拒絶した愚か者。
てっぺんばかり見つめて、足元は常にお留守な大バカ野郎だ。



492 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:17:23.72 ID:W81F/CzZO

まったく気付くのが遅すぎる、と自嘲的な笑みが零れた。
同時にゆっくりと、乗車する電車が減速を始めた。

降り口のドアの前に立つ俺は、焦れったい気分で外を眺める。
外はもう墨で塗り潰したかのような色になっていた。


('A`)「ハイン、あと何分だ?」

从 ゚∀从『あと五十六分』


開いたドアから飛び出しながら、耳元で響いた死神の声に舌打ち。
とにかく、時間が無かった。
俺に与えられた時間はもう一時間を切っていた。

懐かしい匂いのする寂れた駅の改札を全速力で抜け、
記憶と僅かに違う故郷の風景を楽しむ間もなく、俺は目的地へと向かう。
最後の最後まで愚かで大バカだった俺を、いつも気に掛けてくれていた幼なじみの下へ。



493 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:20:51.68 ID:W81F/CzZO

(;'A`)「vip公園までっ!!」


車内でうつらうつらしていたらしいタクシーの運転手が、
突然乗り込んできた俺の顔を驚いたように見つめた。

その時間すら惜しい。
早くしてくれ、と俺は運転手をせっついた。

なんとしても彼女に会わなければならない。
俺の人生が、終わる前に。





『('A`)は告げるようです』





494 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:23:43.28 ID:W81F/CzZO

あれは、中学生の時だったか。

ある日の教室で、クラスでもちやほやされる存在だった男子にツンが告白された、
なんて、そんな噂が流れたことがあった。

今にしてみれば、なんだそんなことか、で済む話も、
その時はえらく重大事件のように感じたのを覚えている。


ξ゚听)ξ「面と向かって話せない奴にろくな奴はいないわ」


なんて彼女は言い放っていたけれど、この時彼女は俺を少しだけ変えてくれた。
おどおどせず、相手を真っ直ぐ見て話すことが彼女に好かれる条件だ、
と内気な性格を矯正しようと努力をするきっかけになった。

ツンにそんな気はなくても、彼女は間違いなく俺の恩人だ。

だからか。
電話で簡単に済ますことも可能だった。
死んじゃったんだ、なんて冗談めかして告げるだけでもよかった。
それこそが時間を最大限利用する最上の手段だとも思った。

それでも俺は、彼女に直接会って伝えたかった。
面と向かって話すことこそが、彼女に対する俺の正義だった。



495 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:27:09.19 ID:W81F/CzZO

車が停止するのを確認すると同時に叩きつけるように代金を払ってタクシーから降りると、
そこには昔から変わらない光景が広がっていた。
街灯の仄かな明かりに照らされた、相変わらず小さな公園だ。
よく彼女と遊んだ懐かしの場所だった。

ただ、それを懐かしむ時間はもう無かった。
ツンの処に至る最短距離を走破しなければ間に合わない。


(;'A`)「ハインっ!!」


その呼び声に応えるように、そいつはどこからともなく現れた。
空に浮かぶ彼女は、不敵な笑みとともにこちらを見下ろす。


从 ゚∀从『あと十六分』

(;'A`)「クソっ」


ギロチンの刄はもう上がっていた。
魂とやらを代償に得た死後の数時間も尽きようとしていた。

民家の庭を突っ切り、塀を乗り越え、屋根をよじ登る。
彼女に伝えたいことは、十六分でも足りなかった。
二十四年間あれば十分に事足りていた全て。そのツケだった。



496 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:31:28.87 ID:W81F/CzZO

从 ゚∀从『よう、人間』

(;'A`)「ああん!?」

从 ゚∀从『俺様には何でおまえがそんなに必死なのか皆目見当もつかねぇ。
     魂、もとい来世を犠牲にしてまで頑張らなきゃならんことなのか?』

(;'A`)「あいつには借りがいっぱいあるんだよ!!
    だからせめて、借りを返せなくてゴメンって謝るのが筋だろがっ!!」

从 ゚∀从『かーっ!!人間はめんどくせぇなぁ』


やかましい、と叫ぶことすら億劫だった。
屋根から屋根へと飛び移りながら俺はただ、
自分のバカさ加減に泣きたくなるのを堪えていた。

ツンには、一生涯賭けてでも返さなきゃならない借りがある。
人付き合いが苦手で頭も体も弱かった自分を、
いつも何だかんだ言って手助けしてくれた彼女に。

いつだったか。
この借りは二倍にして返しなさいよね、なんてそんなことを彼女は言っていた。
二倍どころか、半分も返せてないままだ。



497 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:35:04.46 ID:W81F/CzZO

( A )「はぁ、ひぃ……」

从 ゚∀从『到着か?あと三分だぜ』


眼前の小さなアパートを見て死神は言った。
呼吸を整えることすらできないのか、と思いながら、
俺はふらふらと歩き出す。

目指す表札は至極あっさりと見付かった。
ここに彼女がいるのか、いなかったら全てが終わる、
そう考えると、インターホンを押す手が震えた。

かちり。

インターホンが鳴って数十秒。
鍵が開く音に続いてドアが開いた。
今何時だと思ってんのよー、と不機嫌そうなぼやき。
最後に見た時より少し大人びたツンが、眠そうに目を擦っていた。


(;'A`)「夜分遅くに、悪いな」


息も絶え絶えだったが、なんとかそれのみをはっきりと言った。
まだ仕事着のツンが、口を開けたままこちらを見据えていた。
初めて見るその表情は、なんだか笑えた。



498 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:39:10.94 ID:W81F/CzZO

ξ#゚听)ξ「帰ってくるなら連絡しなさいっ!!」


ぱちーん。

左頬に痛み。
ビンタされたと気付いた時には、懐で泣いているツンがいた。
上京するときも泣いていた彼女の姿が、何故か脳裏に浮かんだ。

本当は彼女が泣き止むのを待っててやりたかったが、そんな時間は存在しない。
しがみつく彼女を肩を掴んで無理矢理引き離し、
視線を下ろしてその眼を見て言い放つ。


('A`)「ツン、大好きだ。そして、いろいろとゴメン」


言いたいことが多すぎた。
自分でもあんまりだ、と思った。
涙で濡れる彼女の瞳が驚愕に広がったのを見て、それを確信した。


ξ*゚听)ξ「あ、あんた、何いきなり……」

('A`)「すまん。時間が無いんだ」



500 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:42:31.57 ID:W81F/CzZO

死神に聞くまでもなく、あと一分もないことは間違いない。
俺は、彼女のためにも、もう少し伝えなきゃならないことがある。
期待は、早急に裏切られれば傷は浅くてすむのだから。

一つ、深く息を吸う。


('A`)「俺は、数時間前に交通事故で死んだ」

ξ゚听)ξ「へ?」

('A`)「信じてもらおうとは思ってない。ただ、いずれ知ることになるはずだ」


何を言ってるの、と混乱しているその表情に申し訳なさを感じるも、
俺が死んでいるのは間違いない事実だった。



502 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:46:13.59 ID:W81F/CzZO

ここにいる理由を、死神に魂を売ったことを説明する猶予はすでに無く、


('A`)「おまえから受けた恩を返すことはもう無理なんだ。
    だから、謝りに来た。そして、感謝を伝えに」

ξ;゚听)ξ「え、え?」


だから俺は、エゴとも言える自分の想いを告げるのみだ。


从 ゚∀从『時間だ』


鈴のように、その声は響いた。
ざらり、とした感触に視界を下げると、消え去ってゆく足先が見えた。



503 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:50:10.28 ID:W81F/CzZO

(;'A`)「ああ、くそ。時間が無い。
   バカだよな、俺。今更多くのミスに気付くなんてさ」

ξ;゚听)ξ「え、消え、ちょっと、待ちなさいっ!!」

('A`)「そんなしがみつかれると苦しいんだぜ。
   ん、胸も地味に成長したみたいだな」

ξ;#゚听)ξ「アホ言ってんじゃないわよ!!」



504 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2008/04/20(日) 22:52:22.78 ID:W81F/CzZO

みぞおちを打ち抜こうと突き出されたツンの拳は、虚しく空振った。
俺は笑って、息を呑む彼女の頬に手をやる。


('A`)「ありがとな」


暗転しかけた意識の中、


从 ゚∀从『これでもさ、三十秒ばかしおまけしてやったんだぜ?』


俺は、そんな悪魔の声を聞いた。

まあ、感謝はするさ。
一応、告げ切ったのだから。

そうしてプツン、と電源の切れたテレビのように死は訪れた。



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